187349 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

シンプル・ライフ

シンプル・ライフ

「東直己 残光」


    腐敗した世界を信じる人々~「東直己 残光」



 友人からこんな話を聞いた。
 ある人が、大量の社員をリストラしたそうだ。その直後、立て続けに脅迫電話がかかって来たり、自宅に犬の死体が投げ込まれたりしたという。
 当たり前だろうと思う。殺されなかっただけありがたいんじゃないかな?
 これとそっくりな話が、東直己の作品にはある。確か、ヤクザの組長が世を嘆くシーンだ。人間ってのは、組織ってフィルターが通ると、なんでも正当化されたように感じる物だ、って話だ。
「残光」は、東の二つのシリーズの登場人物がクロスオーバーする作品だ。「ススキノ探偵シリーズ」の登場人物たちの、本編に出ない空白の十年の間が、別作「フリージア」の主人公、榊原健三の行動を核に描かれる。
 健三は、作品上最強の始末屋として知られる、人呼んで無敵の男だ。それも、ジャンプやマガジンやPRIDEなんかに十羽一絡げに出てくる無敵の男とは格が違う。本当に地に足のついた無敵の男なのだ。
 まず、外見がどう見ても北海道在住の肉体労働者だ。年齢はすでに五十を少し先に見ている。自らの過去の罪を悔い、今では山奥でひっそりと木彫りをして暮らしている。
 一年に一度、ススキノの探偵社から調査報告書が届く。かつて愛した女性が、幸せに暮らしているかという確認をしているのだ。
 そんな彼はある日、その女性の姿をテレビのニュースで見る。そして彼女の息子が、保育園に乗り込んできた立てこもり男に人質に取られているのを知る。
 即時山を降りて駆けつける健三。通りすがりの車を強奪し、さらにキーをつけたまま放置している車に乗り換え、服を変え、さりげなさを装いながら現場に向かう。
 彼がつく頃には幸い、事件は型がついているのだが、解放された少年は見てはいけない物を見てしまっていた……という話だ。
 基本的には、一人の少年が、企業、司法、ヤクザの汚わいの連鎖を目撃してしまい、孤高の殺し屋が彼を連れての逃避行という物語だ。
 個人対組織の戦いのため、健三はあらゆる人間を敵に回して追われる羽目になる。どれだけ個人として強くても、なんの勝算も得られやしない。それでも戦い続ける無口な彼は、まさに高倉健の頼もしさだ。
 それを追う、執拗な汚職刑事に対して、ある登場人物が言う。「あいつは、世界の腐敗って奴を信じてるんだろうなあ」
 他人の生活、その家族の生命線をその手で断ち切っておいて、なんの報復も無いと考えられる人間が、私にはまったく理解できない。社命なら、社会的に人を抹殺することは、対象にとってさえ納得がいくことだと思っているのだろうか?
 村上春樹の作品に、想像力の無い人間は、死んでしまえばいいというようなセリフがある。自分の汚した手の仕事を、いいように記憶や意識から消せる人間。それって、想像力が無い、腐敗を信じている人間以外の、一体なんだろう?
 消息を絶ってた伝説の男が、関係者を次々と抹殺してゆく。だが、その誰しもが理由がわからない。
 なんだってこいつは俺を殺すんだ? なんだってこんなガキのために? こいつに一体なんの関係が?
 お前のせいだよ。


bbs


© Rakuten Group, Inc.